ユスラ・マルディニが記録よりも伝えたいこととは?自国の脱出劇が凄すぎる!

ユスラ・マルディニ トップ

 

2016年のリオデジャネイロオリンピックで史上初めての試みとなるものがあります。

それは「難民選手団」の結成です。

この頃ではイスラム国が勢力を強め、EU諸国が難民受け入れを表明したこともありました。

そして難民となる人口は、年々増えてきているんです。

国際オリンピック委員会は母国から逃れ、難民となった選手にも出場の機会を与えるために今回から難民選手団を結成することになりました。

今回、この選手団から出場するのは10選手です。

 


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記録より、“出場できること”の重さ!

 

この選手団はシリア出身水泳選手2人コンゴ民主共和国出身柔道家2人エチオピア出身マラソン選手1人南スーダン出身中距離走者5人です。

今世界各国で“聖戦”としてテロを繰り返すISの勢力が強いシリア

このシリア出身で競泳女子のユスラ・マルディニ選手はまだ18歳

母国から逃れたのはリオよりちょうど1年前の2015年8月のことでした。

 

今、リオの舞台に立つなど、難民となった当時は彼女自身も想像できなかったことでしょう。

「世界にいる難民の代表、希望の代表として全力を尽くしたい」と記者会見でコメントしました。

本来、オリンピック平和の祭典ですから、彼女たちのような選手こそ声援を送りたくなりますね。

 

彼女が出場する種目は競泳自由形200m

代表として選出される自分の国がないので、本来難民はオリンピックに出ることは不可能なこと。

今は記録云々よりも、難民となった選手が“オリンピックに出場する”ということにとても価値があります。

 

でもユスラ・マルディニ選手はそこで満足することなく、目標はさらに上を見ています。

「オリンピックはすべての選手にとって夢の舞台で、世界中の難民に『夢はかなえられる』と伝えたい。一生懸命練習に取り組めば、4年後の東京ではメダルが取れるかもしれない」

その発言からは何事もあきらめない前向きな姿勢が伝わってきます。

 

自分の境遇を言い訳にせず目標へむかって努力するということの重さを彼女から教えられますね。

競技としての結果や記録だけでなく、人々の記憶に残るオリンピックとなりそうです。

 

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自国の壮絶脱出エピソード!

 

ユスラ・マルディニ選手が自国を逃れたときのエピソードが想像を絶するものなんです。

2015年8月、姉のサラさんと首都ダマスカスから脱出することを決意したそうです。

トルコから密航業者の手ほどきでボートに乗り込み、総勢18人レバノンを目指しました。

 

ところが密航用のボートは6~7人となっている定員を10人以上オーバー

そのせいもあってか、出航からたった15分ほどでエンジンが止まってしまいます。

徐々に水没していくボートをみて、ユスラ選手は同じく競泳選手だった姉や、他の泳げる人とともに海へ飛び込みボートを押し始めました。

 

このボートには彼女を含め、泳げるのが4人しか居なかったそうですが、みんなで4時間もボートを押し、ギリシャレスボス島に到着。

全員が生還したということで、ほとんど奇跡的な話ですね。

「泳ぎ方を知らない人もいました。私はただそこに座って、溺れることに文句を言うだけでいるつもりはありませんでした。溺れていたとしても、最低でも、私は自分自身と姉のことを誇りに思いながら溺れていたでしょう」と、当時を振り返る。

 

生死の狭間で懸命に泳ぎ続けた彼女は、オリンピックでもその強さと勇敢さを見せてくれることでしょう。

現在はベルリンで暮らしているユスラ選手は「私はすべての難民を代表したいです。苦しみの後、嵐の後には落ち着いた日々がやってくるということを皆さんに示したい」と話しています。

 

自分の国が混乱に陥ったとしても、彼女のように夢を諦めずに、前を向いて力強く進んでいく姿勢が大事ですね。

 

 

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