伊達公子が離婚した理由と夫とのその後は?パン屋の評判と名前はどうなるの?

伊達公子 トップ

 

38歳に2度目の現役復帰を果たし、「世界と戦うためではなく、若い選手に刺激を与えるため」という目的で戦ってきた伊達公子が、自身のブログで現役引退することを表明しました。

 

後の9月7日には、思い出の沢山詰まった有明コロシアムで改めて引退記者会見を開き感謝の言葉を述べましたが、一度目の引退の時とは違いとても晴れ晴れとした表情だったのが印象的でした。

 

そんな伊達公子が引退を決断した理由や離婚について、また監修したパン屋について詳しく調べてみました。

 


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伊達公子が引退を決断した理由は?

 

そもそも伊達公子が最初に引退した理由は「テニスが嫌だったから」と話していましたよね。
トップ選手になり勝って当たり前という重圧の中、日々テニス漬けの毎日が嫌でとにかくテニスから離れたいという気持ちが強かったわけです。

 

しかし今回の2度目の引退表明では『復帰後は一つ一つのチャレンジが楽しかった。必ずしも結果だけが自分の達成感ではなかった。その思いが大きくなったから続けられた』と語っているように、テニスが好きでいまだ辞めたくは無いという気持ちに、満身創痍になった身体がついて行けなくなったということでしょうか・・・。

 

 

2度目の引退を表明する「決断」に至った時期と経緯は?

 

伊達公子は、2016年の2月と4月に左膝の大手術を受けてから約1年のリハビリを経て、万全を期して調整して試合に出たにも関わらず、結局途中で痛みが出て棄権→リタイアという試合が多くなりました。

 

その上、上腕二頭筋炎腱板炎という伊達公子にとって古傷である肩の問題が出てくるようになり、半月板の手術をした膝に加え肩の怪我も重なってしまいました。

 

決断の時期は、9月7日の引退会見の中で「自分の中で固まったのは8月上旬」と意外にもギリギリだったことが分かりましたが、やはり再チャレンジしてからのテニスがとても楽しく感じていただけに辞めたくない気持ちが強かったんでしょうかね。

 

ちなみに8月上旬と言えば、丁度US OPEN予選へのチャレンジを断念することになったタイミングと重なります。

 

プロテクトランキングを使用できるグランドスラムでの復帰を大きな目標としていたにも関わらずトライを断念せざるを得なくなった事が、残念ながら引退の決断を後押しする形になってしまったのかもしれませんね。

 

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離婚した理由は?レーシングドライバーの元夫とのその後は?

 

伊達公子は、1回目の現役引退の後、1999年のル・マン24時間レースでレポーターとして現地に赴いて共演をしたのをきっかけに、2001年にレーシングドライバーのミハエル・クルム(ドイツ)と結婚しました。

 

結婚後は居住をモナコに移してお互いに忙しい生活を送りながらも過ごしてきましたが、2016年9月26日に夫のミハエル・クルムとの離婚を発表しました。

 

時期的には、伊達公子が手術を終えてリハビリで苦しい時期と重なっているだけに「不可解」という噂が流れました。

 

『伊達公子が不妊で二人には子供が出来なかったことが原因なのでは?』

 

とか、

 

『テニスを辞めて欲しかったクルムと伊達公子の意見の相違があって気持ちがすれ違ってしまったのでは?』

 

などなど。

 

しかしながら、離婚が報告されたブログの中にこんなメッセージがあります。

 

伊達公子

『16年間共に過ごしてきた中で、2人の人生に変化が出てきたことにいつしか気づき、この先のまだまだ長い人生を考えると、別々の道を歩むことがいいのではないかという結論に至ったのです。』

 

ミハエルクルム

『ここ数年、僕達はお互いの道を突き進み、そしてそれぞれの活動をいつもサポートし合い、励まし合ってきました。僕は公子の大ファンですし、ここ数年の彼女のテニス界における素晴らしい活躍をとても誇りに思っています。また彼女は、僕のクレージーとしか言いようのないようなスケジュールの時ですら、無条件にレース活動をサポートしてくれました。』

 

二人からのメッセージを見てもいわゆる“不倫”“不仲”ではなく、お互いのこれからの人生を考えて出した“円満離婚”であることが分かります。

 

二人とも世界的に活躍してたアスリートと言うこともあり、やはりお互いの時間が中々共有できないと言うのが離婚に至った一番の理由なのは間違いなさそうです。
喧嘩別れをしたわけでも無くお互いが幸せになるための“前向きな離婚”ということで、今後の二人の活躍を見守っていきたいところですね。

 

 

伊達公子監修のパン屋はどうなるの?

 

離婚発表の少し前に「フラウクルム」というパン屋さんをオープンした伊達公子。
このパン屋さんの名前に「クルム」という離婚した夫の名前が使われているだけに、店名が変わってしまうのか?という噂もありましたが、そんなことはありませんでした。

 

この事実が“円満離婚”を象徴する形になっているようにも感じます。

 

ちなみにこの「フラウクルム」ですが、パン(硬めのパン)が中々美味しくて好評のようですね。
伊達公子も以前は週一で顔を出していたようだし、引退後は更に時間が出来て顔を出す回数も増えるかもしれません。
恵比寿に行かれた際は、ふらっと立ち寄ってみると伊達公子に会えちゃうかも!?なんて。笑

 

 

伊達公子は今回の引退において『2度も世界のトップレベルで戦うチャンスを得た。こんなに幸せなアスリートもそういない』と語っていますが、本当にその通りだと思います。
また、テニスのみならず、(離婚したとはいえ)16年の月日を支え合ってこれたパートナーが居て、夢だったパン屋さんも実現でき、プライベートでも充実できていたのではないでしょうか。
今後は、“指導者として”日本のテニス界を支えて貰えたら嬉しいですね!

 

 

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